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焦点

でっかいことに焦点を

100015: 日本語の作文技術 (40冊目)

本田勝一

日本語の書き方を知っていますか?

答えがイエス、であっても一度は目を通さないと損をしてしまう一冊。


この本の中には、実用的な文章をわかりやすく直すためのルールが凝縮されている。
実用的な文章としては、新聞記事・解説記事・評論・論文・手紙・報告文・広告文・アピール・宣伝文・ルポタージュなどが挙げられている。
実用的な文章の相補概念としては文学的な文章が挙げられ、小説など言語の芸術としての文学はこの本の対象からは外されている。

実用的な文章をわかりやすくするために必要なものは才能ではなく技術である、という立場に著者は立っている。
その立場から、文章の理解度を増すための技術がいくつか挙げられている。
私が特に有益だと感じた技術は、文章を一度分解し長い節から並べ直すという方法。
この方法を用いる前提として、一文一意という1つの文章には1つの意味しかいれないルールがあると考える。
一文一意のルールを守った上で、どうしても省けない修飾語が多数ある文章を整理する際に上記の並べかえのルールが役立っている。

文章技術以外の本書の特色は、本田さんの主義主張が散りばめられている点。
容易に賛同することはできないような非常に過激な主張を垣間見ることもできる。
過激な主張の例としては、漢字の廃止が挙げられる。
本田さんがそのように考える理由については本書を読んで頂きたいと思う。


本書で取り上げられた技術は、いわゆる理系の論文を書く際にももちろん役立つ。
ただし、論文を書く際には、日本語として多少格が下がるとしても主語を文頭に持ってくるべきだと私は考える。
その理由は二つあり、一つは英語の論文との整合性、もう一つは著者の思考の整理のためである。
1つ目の英語の論文との整合性について述べる。
サイエンスの分野で生活し、論文(修士論文卒業論文含む)を書く人は英語の論文を普段から数多く読んでいると思う。
情報のインプットに用いる思考回路は英語のそれになり、日本語の論文を読む際にも主語を文頭に求める人が私の周りには多いと感じる。
よって、読み手のことを考えた場合には、主語を頭に持ってきた文章を書くことがわかりやすさにつながると私は思う。
もう一つの点については、実際にやってみた方しかわからないかもしれないが、主語は何かを意識することで曖昧な文章を書くことが困難になるのだ。
ただし、その逆、つまり曖昧な文章は、主語が文頭にないという仮説は成立せず、その節を否定しうる文章はいくらでもある。


私の文章もまだまだ改善点が多い。

一緒に、文章上達していきませんか?


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(実験:上記の文章を、主語を文頭に置く形に修正してみる。)

あなたは日本語の書き方を知っていますか?

あなたの質問に対する答えがイエスであっても、一度はこの本に目を通さないと損をしてしまう一冊。


この本の中には、実用的な文章をわかりやすく直すためのルールが凝縮されている。
実用的な文章としては、新聞記事・解説記事・評論・論文・手紙・報告文・広告文・アピール・宣伝文・ルポタージュなどが挙げられている。
文学的な文章が、実用的な文章の相補概念として挙げられている。
小説など言語の芸術としての文学は、この本の対象外である。

著者は、実用的な文章をわかりやすくするために必要なものは才能ではなく技術である、という立場に立っている。
文章の理解度を増すための技術がその立場からいくつか挙げられている。
私が特に有益だと感じた技術は、文章を一度分解し長い節から並べ直すという方法。
私は、この方法を用いる前提として一文一意という1つの文章には1つの意味しかいれないルールが必要であると考える。
その理由は、一文一意のルールを守った上で、どうしても省けない修飾語が多数ある文章を整理する際に上記の並べかえのルールが役立っているからである。

文章技術以外の本書の特色は、本田さんの主義主張が散りばめられている点。
容易に賛同することはできない非常に過激な主張が垣間見られる。
過激な主張の例としては、漢字の廃止が挙げられる。
本田さんがそのように考える理由を知るためには本書を読んで頂きたい。


本書で取り上げられた技術は、いわゆる理系の論文を書く際にももちろん役立つ。
ただし私は、論文を書く際には日本語として多少格が下がるとしても、主語を文頭に持ってくるべきだと考える。
その理由は二つあり、一つ目の理由は英語の論文との整合性、二つ目の理由は著者の思考の整理のためである。

一つ目の英語の論文との整合性について述べる。
サイエンスの分野の論文(修士論文卒業論文を含む)を書く人は、英語の論文を普段から数多く読んでいると思う。
サイエンスの分野にいる私の知人の特徴として、情報のインプットに用いる思考回路が英語のそれになり、日本語の論文を読む際にも主語を文頭に求める傾向が強いことが挙げられる。
よって私は、読み手のことを考えた場合に、文章のわかりやすさを向上させるためには主語を頭に持ってくるべきだと考える。

もう一つの点、思考の整理については、主語は何かと意識することで曖昧な文章を書くことが困難になるという実体験による。
ただし、その逆、つまり曖昧な文章は、主語が文頭にないという仮説は成立せず、その節を否定しうる文章はいくらでもある。


私の文章もまだまだ改善点が多い。

あなたも一緒に、文章上達していきませんか?